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​ソルトフライフィッシングガイド 諌山綾香

​奄美大島南部在住。埼玉県出身。

南国・奄美大島の美しい海と、島人の温かさに惚れ、2003年に奄美へ移住

ソルトフライフィッシング歴は20年以上。複数の日本記録保持者でもある。

​フライフィッシングとの出会いは、実家埼玉県の自宅から自転車で通える距離にあった管理釣り場「朝霞ガーデン」当時は珍しい、都心から通えるフライフィッシングの釣り場としても有名な場所だった。身近な距離にあったため、小さいころから自然とフライフィッシングが出来たのは今では贅沢な環境だったと思う。

当時は空前の「フライフィッシィングブーム」周りの大人たちがフライリールを持っていたのが印象的な時代でした。

暖かくなると、両親の実家、長野県へ連れていかれたため、渓流で魚釣りをすることも多かった。10代までは「フレッシュウォーター」よりの釣りが多かったが、水に浸かり、見える魚を釣るのは最高に楽しいと、当時から思っていた。

20代に入ると、海への憧れが強くなり、ルアーや餌の海釣りへ。毎週末、千葉や神奈川に行く日々。その頃、海のフライは海外だけのものだと思っていたので、相変わらず、フライは朝霞ガーデンで楽しむ日々。

その後結婚し、南国奄美大島に移住。海が大好きな旦那は追い込み漁師&素潜り漁師になり、一気に海の生活が始まる。

移住してすぐ、海のフラットでフライをしている人を見かけ、衝撃が走る!

その時、奄美の釣りクラブ「THE KAMAZZ」の誘いを受け、入部。一気に南国釣りの世界へ。ルアー・フライのマニア&プロがいる中で、たくさんの事を学んだ。

 

当時まだまだ無名な日本のソルトフライだったが、その当時貴重なフライ遠征者「奄美臨海学校」があった。現在は高齢化になりつつあるが、その当時「奄美臨海学校」の面々はギラギラした海フライ集団だった。そこに数少ない「島フライマン達(私達)」との交流は最高に楽しく貴重な思い出。海外で海フライを経験した遠征者と、地元のフライマンの先輩からは、たくさんの事を学んだ。

しかし、女性で海フライをしている人は当時全くおらず、理解を得るのにかなり苦労した。冷やかされる事も多々、恥ずかしくなり周りには言わず一人でコソコソとフライに行く日も多かった。この辺りの話は、昔のフライフィッシングを知る方ならご理解いただけると思いますが・・・女性のフライマンはなかなか理解されない時代だったかもしれません。

最初にミナミクロダイが釣れた時は、涙が出る位嬉しかった。海フライを初めて1年を過ぎた頃だった。最初はフライで釣れずにルアーで練習し、魚の習性を勉強した日々。あの感動があるから、今でも1番好きな海フライは「クロダイ」なのかもしれない。今では海フライのポピュラーな対象魚だが、当時は本当に貴重だった。​

フライショップも何もない田舎で、タイイングもラインシステムも自己流でよくやっていたなと今では思うが、子育てや仕事、島暮らしの息抜きに一人で通う海フライは、何もかもを忘れ、大自然を独り占めできる最高の自分時間だった。

そして、2014年に漁師宿「海人スタイル」をオープン。その頃「日本のソルトフライ」が流行り始めた頃、自然と遠征者の方々が宿に訪れ、一緒にフライするようになり、今に至る。

自分でも驚いてますが、現在は色々なご縁から、各メーカーのサポートも受け、ここ数年は製品テストや開発で海へ通う日も多くなりました。

遠征者の皆様とも、楽しく過ごさせてもらってます!

漁師宿の経営もあり、毎日が海と魚の生活。週の半分以上は海に浸かる日々。

ハラハラするような良型をフラットで仕留めた時は最高に嬉しいですね!そして、それをゲスト様に釣らせるお手伝いは更にやりがいを感じます!

仲間と築き上げた奄美大島の釣り。そして出逢い。感謝を忘れずに。

釣りを通して、人生を豊かに楽しめたら最高ですね!

南国離島のブルーで、エキサイティングと感動の釣りをご案内出来ればと思っています。大自然のパワーや癒しと共に、是非味わってください!

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